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自信が持てない人の心理学 ~人を信頼できないのには理由がある

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【感 想】
自分が育てられた家族や環境が、たとえばこうだから、こうなってしまうと書かれていたり、本の筆者の家族だったり環境だったりを参考に書かれているが、いまいち内容が理解できないで読んでしまいました。 ワシはひとり身で生活をしているので、よい人間関係は築けてはいないのかなと思います。
本当は人の心を傷つけるのを怖れているはずなのに、ワシはいつも人の心を傷つけてしまいます。 「嫌われるのを怖れてしまう心理」より「人を心を傷つけてしまう心理」を知りたかったのですが、残念ながらヒントになるようなことは書かれていませんでした。



『自信が持てない人の心理学』

1.どう育てられたかで「今の自分」を見直す

●「立派なこと」が自分を見失わせる
自分を最も苦しめたのは悪い人達ではなく「立派なこと」をいう人たちであった。 「教養」とか「~であるべき」という規範を叫ぶ人ほど無教養な人はいないのである。 良心、教養、愛情・・・これらの「立派なこと」を声高に主張し「お前には、それでも良心があるのか!」と他人を罵倒する人は、そのような罵倒をすることで、自分のうちに隠された憎しみを少しでも解消しようとしているである。 心に不安や憎しみを抑圧しながら「立派なこと」をいう、そんな大人達に育てられた子供は、自分を見失い、疲れ果て、消耗しながら生きることになる。

そのような人達に囲まれて生きてきた私(著者)に、判ったことがある。 それは、人の話を聞くとき、その内容にばかり気をとられてはいけないということである。 「なぜそのようなことを言うのか」という話す人の隠れたる動機に眼をむける必要がある。 「あなたは、その立派なことを主張することによって、いったいあなたの中の何を自分と他人に隠そうとしているのですか?」と質問してみることである。

理由のない罪責感で苦しむ人は、小さい頃、自分の周囲にいた人をもう一度深く観察してみることである。 本当は立派ではないのに立派そうな「ふり」をしていた人が多いのではなかろうか。 立派ではないのに、他人に立派であるという印象を与えようとしていた人が多いのではなかろうか。 内面が悪くて外面のよい人が多かったのではなかろうか。




2.どんな家庭だったかで「本当の自分」を見つける

●身の回りの困難は自分のせいという心理
 それは、小さい頃からその子の責任ではない困難や失敗に対して、責任を追及されてきたからである。 その人は身の回りに起きるあらゆる困難や失敗に責任を感じさせられて生きてきたのである。 この人の悲劇は、その行動が絶えず共同の利益の観点から評価されるにもかかわらず、その人は孤独である、そこに「我々はみんな一緒だ」という家族の偽善がある。 

 家族が「我々はみんな一緒だ」として個人を許さないのは、他の人々がその人から搾取するためのものなのである。 その社会的に有能なその人は、自分の才能を他人のためにのみ使うべく条件づけられている。 自分の才能を自分のために発展させることなど、その人には考えられないのである。

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3.どうして行動できないかで「新しい自分」になる

●いつまでも過去にとらわれているな
優柔不断な人間というのは、欲深い人間なのだと思う。少しでも得するほう、少しでも楽なほう、少しでも有利なほう、そちらを選ぼうとして決断できないのであろう。 少しでも損をするのはいやだ、少しでも無駄をするのはいやだ、そんな気持ちが強すぎて、決断できないという面があるのではなかろうか。

●自分にないものではなく、自分にあるものを見よ
 私にはこれがない、あれがないと、ないものばかり数えあげないで、私にはこれがある、あれがあると、考えろということである。 私にはお金がないと、お金のないことばかり考えて、不幸になる人がいるような気がした。 そこで私は、私にはお金がないけれでも、健康があると考えた方がいいと主張したのである。 私は美人ではないけれども、友達がいる、という具合である。 

 確かにその通りだと思うが、どうも幸福な人は、自分に欠けているものをあまり問題にしないようである。 つまり、自分に欠けているものを問題にしないから幸福なのではなく、幸福だから問題にしないのではないだろうか。 お金がないから不幸なのではなく、もともと不幸だからお金がないことが気になるのではないだろうか。




4.「自分の世界」を築いてよい人間関係をつくる

●何かを隠そうとしているから疲れる
人とあって疲れるという人は、相手に何かを隠そうとしているからである。相手が自分に自分が隠そうとしているものを気づかせるからである。 正確に言えば、決して人と会って疲れているのではない。 人と会うことによって、本当の自分と会うことから疲れるのである。

●嫌われるのを怖れてしまう心理
親に迎合しながら生きてきた者は、どうしても自分を受け入れ、他人を愛することができない。 他人に迎合することが、他人に受け入れられる方法であると錯覚する。実際の自分を開示することで親密になる、ということが、感情の上でどうしても理解できないのである。 迎合するということは、ありのままの自分ではなく、相手の望むような人間になる、ということである。 その結果、こうありたいと願う自分にとって、実際の自分が敵になってしまっていることがある。





   
「自信が持てない人」の心理学 [ 加藤諦三 ]


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